プロテスタント宣教150周年記念大会
(写真:横浜開港資料館所蔵)
写真左の2人は翻訳事業に尽力されたアメリカ・オランダ改革派教会のフルベッキ宣教師とブラウン宣教師です。右端のシモンズ医療宣教師は横浜病院、現在の十全病院の委任医師となり、医学教育にあたりました。ともに1859年に来日しています。
以下は(日本プロテスタント宣教150周年記念大会実行委員会ホームページより抜粋)
(写真:明治学院所蔵)
翻訳事業の中心となったのが、ヘボン式ローマ字で有名なアメリカ長老教会のヘボン宣教師です。ヘボン宣教師も1859年に来日しました。1887年明治学院を創立します。
写真はヘボン夫妻
横浜・成仏寺
写真はヘボン宣教師が日本で最初に住んだ横浜にある成仏寺です。この寺はアメリカ人宣教師の宿舎に使われ、ヘボン宣教師は本堂に、ブラウン宣教師は庫裏に住んだといわれています。
日本プロテスタント宣教150周年記念大会実行委員会(野田牧師記)
ウェスレアン・ホーリネス・淀橋教会で開かれた第1回の実行委員会メンバーは約40名です
委員会の牧師たち
日本基督教団・JRA・JEA・PBA・他が一堂に会して開かれる大会です。委員会のメンバーも各団体から参加しています。具志堅聖牧師以外は知らない牧師たちばかりでした。
ツリー
実行委員会の開かれているウェスレアン・ホーリネス・淀橋教会(新宿区「大久保駅前」)の玄関正面にあるクリスマスツリーです。
スパイラルタワーズ
2009年2月13日第2回実行委員会へ朝名古屋を出発。車中から写した名古屋の新ランドマークの一つ「スパイラルタワーズ」
東京タワー
浜松町と新橋駅のちょうど中間からの東京タワーの眺め(写真右は三井ガーデンホテル)この日2月13日は東京も曇り空でしたが暖かい一日でした。午後は春一番が吹き荒れ、JR京葉線は運休していました。
ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会
JR中央線「大久保駅」のホームから写した実行委員会の会場教会、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会、写真手前右下(写真には写っていません)の地下の集会室が会議場です。会議場の窓からは通過列車を見上げられます。
歌舞伎座
現在立替に伴う「さよなら公演」中の歌舞伎座。実行委員会後、新幹線の出発まで時間があったので、一幕見席で「勧進帳」を見てきました。歌舞伎というと「高い・難しい」というイメージがありますが、一幕だけなら1000円前後、イヤホンガイド(400円)で見られます。外国人が多かったのは想像していましたが、私が見た一幕見席(4階席)は高校生や大学生のグループ(サークル?)会社帰りのOLさんたちが大勢いました。
東京駅丸の内中央口
現在改装中の東京駅丸の内中央口。2011年には1914年(大正3年)の創建当時の姿に戻るそうです。楽しみです。
VIPクラブ関西10周年記念
2月16日に大阪のザ・リッツ・カールトン大阪で開かれた「日本プロテスタント宣教150周年記念集会・VIPクラブ関西10周年記念・牧師ご夫妻感謝の夕べに行ってきました。写真中央でマイクを持って話しておられるのが持田明広会長。
プロジェクターに大写しされた持田会長
プロジェクターに大写しされた持田会長。かって牧会していた教会に通っていた青年の結婚式の証人が持田先生ご夫妻でした。私はその青年の側の主賓としてスピーチをさせていただいたことがあります。持田さんは覚えていないと思いますが・・・。その青年(今は地元大阪に戻り一児の母)が奉仕していたベビーシッター・ルームで結婚式以来の再会をしました。
またノーススターで3年前までよく会った某ミッションスクールのスタッフと再会しました。私を知る人は誰もいないだろうと思っていましたが、不思議な神様の導きを感じました。
そういえば東京の実行委員会も同様で誰も私のことは知らないだろうと確信して行ったたのですが、そこでも私が初めてラジオ番組を担当させていただいたときのパートナーと再会しましたし、ノーススター関連で共通の友人を持つ人とも出会いました。 It!s asmall world"
通天閣
大阪といえば、やはり通天閣(ピントがぼけていますが)スマートな東京タワーもいいですが、凱旋門の上にエッフェル塔を載せた通天閣は好きです。
会場の入り口の様子
会場の入り口は、30分前なのにすでに長蛇の列でした。私は大会の実行委員なので、内側で撮影が出来ました。
開場の瞬間
開場の瞬間です。青いTシャツを来ているのはボランティアスタッフです。「みなとみらい」駅の改札出口からこのTシャツを着たスタッフが案内板を掲げて「150周年大会会場はこちらです!」 と、声をかけていました。 この大会に合わせやってきた長老は「先生もあのTシャツを着 ていると思った」とのこと。着ていれば確かに目立ちますが...。
CGNTV
CGNTVがこの大会を衛星生中継をしていましたが、インターネットで も見られました。私たちの教会でも、同時刻にインターネットで見ていた方が何組も いらっしゃいました。インターネットの利用価値を再認識しました。私たちの教会の礼拝も6月末からインターネットでライブ中継 が始まりました。
パシィフィコ横浜 国立大ホール
パシィフィコ横浜 国立大ホール客席数5,002。 ほぼ満席でした。
「重要文化財 ドッグヤードガーデン」
写真は「重要文化財 ドッグヤードガーデン」です。大会会場を出て、まっすぐ進むとランドマークタワーがあります。正面のガラスはランドマークタワーで、写真の下半分が旧横浜船渠 第2号ドックです。 http://www.yokohama-landmark.jp/sisetsu/dock/index
日本丸
目を南に転ずると「日本丸」が展示されています。後方(真ん中右側)に写っているのがヨコハマグランド インターコンチネンタルホテルです。
基調講演とパネルディスカッション
午後の基調講演とパネルディスカッションが始まる直前の写真です。すべてのプログラムは開始とともに撮影禁止になるので、準備中に 写しました。しかし、みなさん“堂々と”写していました。 写真の中央左が基調講演をされた加藤常昭氏です。「ディスカッション」を期待したのですが...。
大ホール2階より
派遣礼拝までの休憩時間を利用し、2階席へ。こんな感じで見ていたんですねぇ。
宣教150周年記念大会に参加して
四日市ミリオンチャーチ 田中一久
2009年7月8日~9日に横浜のパシフィコ横浜で開催されました、日本プロテスタント宣教150周年記念大会に参加しました。
幕末のペリーの浦賀来航以後、1858年に日米修好通商条約によって長崎、横浜、函館が開港したことに伴い、1859年、リギンズ、フルベッキ、ヘボンらの宣教師が来日し、日本のプロテスタント宣教が始まりました。それから150年目の今年、「キリストにあってひとつ -主イエスの証し人として- 」をテーマに、延べ1万5千人の参加者がありました。大会の目的は、各種団体が連帯しあう、150年の記念の一里塚とするということでした。
大会の様子は、CGNTVで放送されましたので、インターネットでご覧になった方もおられると思いますが、8日は17:00からジョン・カビラさんの司会でオープニングフェスティバルがあり、ダンス、演劇、シドニー五輪のテコンドー銅メダリスト岡本依子姉の証やAsiahやクワイヤーの賛美等がありました。岡本姉の証は、韓国人コーチに誘われて行った教会で導かれた様子を、姉の飾らないベタベタの大阪弁で話されて、イエス様にしたがっていきたいという気持ちが十分に伝わりました。続いて19:00からの開会礼拝では、各地からのビデオレターでの祝辞、ザビエル以後の宣教の歴史の紹介があり、ボーマンさんのチェロ演奏、久米小百合さん、小坂忠さんの賛美等がありました。特にボーマンさんや小坂忠さんとは、20年以上前に三重県の教会主催のコンサートに来ていただいた以来でしたので、久しぶりにお会いできて、とてもすばらしい演奏と音楽を通して神様を伝えたいという変わらない姿勢に感動しました。また、この日のメッセージは、韓国のハ・ヨンジョ師が、日本におけるリバイバルを、大川従道師が「風は己が好むところに吹く」と題して力強いメッセージをしてくださいました。
翌日は10時から記念式典があり、オーケストラ演奏、アカペラ賛美に始まり、大会宣言、宣教師派遣団体への感謝状の贈呈、各種団体来賓の祝辞等がありました。特に来賓はアメリカ、韓国、台湾、ネパール、シンガポール、ミャンマー等の海外からの来賓だけでなく、カトリックの長崎大主教からも協働を求めるメッセージがありました。午後からは加藤常昭師の「神の言葉に生かされるキリストのからだ・教会」、湊晶子東京女子大学学長の「現代のキリスト教学校教育と家庭教育に期待するもの」と題する基調講演と7名のパネリストによる講演会がありました。加藤師からは、キリストの支配している教会の形成を目指すこと、湊師からは、毎日4時から祈っていたご両親の信仰の姿勢をとおして、親から言葉で言われなくても信仰に導かれたこと等の体験を含めた講演がありました。
午後4時からは、派遣礼拝として、新たな50年に向けて一致と協力のうちにキリスト者の人間関係の再生と使命が伝えられました。
今回の大会を通じて、感じたことは、まず関係者や参加者の大会への熱意と感謝の気持ちが明確に表されたことでした。それには、これまであまり交流の無かった団体同士が超教派で、一つの目的のために集まったことの意義が十分に感じられたことでした。
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